#受賞の知らせ
「的場さん、1月に日本に帰って来られますか?」Fracta Japan COOの井原さんからの突然の連絡。10月に神戸で開催された水道展から11月末に至る約2か月の日本への長期出張を経て、ようやく本社のあるカリフォルニアに戻った矢先だった。訳を聞くと「総理大臣賞の獲得が決まった」と言う。正直、すぐには事の大きさを理解できなかった。我々が今回表彰されたインフラメンテナンス大賞は、2024年度で8回目を数える国の表彰制度だ。8つの中央省庁が管轄する国の重要インフラに関する秀でた取り組みや新しい技術を表彰する制度で、その中でも最高の賞である総理大臣賞は昨年度、新しく創設されたばかりの賞だった。表彰を受けるには企業やプロジェクトが自らエントリーすることが必要なのだが、正直、今年度エントリーしていることすら忘れていた。それくらい自分たちには縁遠いもののように感じていたからだ。 我々のように創業若く小さい会社に起こる出来事とは到底信じられず、さすがに興奮を覚えた。井原さんもいつになく興奮していた。受賞を聞いた本社のメンバー達も「日本のホワイトハウスで表彰を受けるんだろ?信じられないよ!」と興奮して私を送り出してくれた。私は年末年始に予定していたメキシコ旅行を取りやめ、急ぎ大晦日のフライトで日本に戻った。

#受賞式の準備
日本で正月休みを過ごしたのち、メンバー達と一緒に慌ただしく式の準備を進めていった。とは言っても、準備すべきことはそれほど多くはない。せっかくの受賞なので多くの人にその事実を知って欲しいが、インフラメンテンナンス大賞の事務局からは、公式発表があるまでは他言無用との指示があった。事務局からの公式リリースは、式典の2日ほど前。それまでは受賞の事実を伏せながら、プレスリリースや各種広告の準備を進めなければならなかった。授賞式の服装に関する準備も課題のひとつだった。当社はスタートアップ企業らしく会社のロゴTシャツにジャケット、足元はスニーカーが正装だ。お客様に会う時も学会のような少し堅めのイベントで登壇する時も、基本的にこのスタイルを崩すことはない。会社の名前を伝えるためのブランディングと言う側面もあるが、何より社員みんなで同じ格好をする一体感が大事だと思っている。けれど、事務局から届いた案内には「服装は“平服”で」とあった。(念のためにAIに質問してみたが、やはりTシャツは平服には当たらないようだった。)さすがに首相官邸での式典において、「スタートアップ企業だから仕方ない」と言う論理は通用しないと判断し、急遽プランBを検討することにした。そこで準備したのが、Fractaのロゴを刺繍したお揃いのグレーのネクタイだ。コーポレートブランディングを担当しているMさんと相棒のOさんが、構想から数日で各所に手配をして、世界に5本しかないネクタイを作ってくれた。(彼女のこういう場面での発想力と行動力にはいつも感心させられる。)ネクタイを締めている社員達を見るのは初めてだったような気がするが、馬子にも衣裳、みんなとても良く似合っていた。

#受賞式当日
授賞式には私を含め6名のメンバーで臨んだ。式典は午後からだったが、10時にはオフィスに集合し、軽い打ち合わせと服装チェックをしたのち、我々はこの日のために作ったネクタイを締めて早々にオフィスを出発した。早めの昼食をとった我々は指定された時間の30分以上前に会場入りした。(ちなみに昼食は服を汚さないように“おにぎり”が選ばれた。アメリカで暮らしている私にとって、おにぎりは心が落ち着き、気合が入る最高のソウルフードだ。おにぎりの素晴らしさがもっと世界中に伝わればといつも思う。)首相官邸に着いた我々は、緊張感よりも修学旅行に来た中学生のような好奇心が優った。機密情報に触れてしまうような描写は避けるが、首相官邸の中に普通に郵便ポストが立っていることや、テレビでよく見る首相が囲み取材を受ける場所を通ったこと、式典の会場のカーペットがふかふかで桜の柄であることなどにいちいち興奮していた。式典の様子は、政府広報などに掲載されているので詳細は割愛するが、首相の口から「Fracta Japan」と言う単語が発せられ、我々のサービスの価値について言及いただいたことは現実とは思えないほど不思議なことだった。しかしながら、300を超えるエントリーの中から審査を経て、この賞をいただけた事実をあらためて理解した瞬間、非常に誇らしい気持ちになった。賞状を受取った後の記念撮影の際、緊張して堅くなっている我々に対して「笑顔じゃなくて良いのー?」と優しく声をかけてくれた石破首相。 私が受賞スピーチを行い、井原さんがサービス説明とデモ実演を行った。私も井原さんも人前で話すことにあまり緊張しないタイプなのだが、さすがに首相官邸という場所なだけに緊張感からか珍しく何度もリハーサルを行い、当日を迎えた。首相から、サービスのコストや予測の確かさなど我々が通常お客様から受けるような質問も多くいただき、首相自ら当社の技術に高い関心を抱いていただいていることが伺えた。

#祝賀会
リハーサルを入れると約3時間ほど続いた授賞式の緊張から解き放たれ、我々は社員全員が待つ祝賀会の会場へ移動した。こんなに大きな表彰を受ける機会は人生においてもそれほどあるものではない。普段全国に散らばっているメンバーを、全員東京に集めた。実は授賞式に参加した6名のメンバーには、会社宛てのものとは別に個人宛の表彰状もいただいていた。式典ではその表彰状を個人に渡される時間はなかったため、僭越ながら私が首相代理を務め、祝賀会の席で急遽贈呈式を執り行った。メンバーの中には社歴の長い人も短い人もいる。私自身もCEOに就任してから1年ほどしか経っていない言わば新入社員だ。勿論、今回の受賞に対する社員それぞれの貢献度を計ることはできない。米国本社のメンバーを含む全員が少しずつ持ち寄った努力が、この結果に結びついたのだと思う。しかしながら、2019年に日本オフィスを立ち上げた頃から働いている、古参のメンバーたちの貢献は計り知れないものがある。顧客に全く相手にされず、「このまま日本での事業展開は進まないのではないか?会社は存続できないのではないか?」と悩んで眠れない夜もあったはずだ。いま多くの事業体にサービスを採用いただいている今日のFractaがあるのは、苦しい局面を乗り越えてきた彼ら、彼女らのおかげだ。またこの日一緒に祝杯をあげてくれたアドバイザーのお二人の存在にも言及したい。我々が市場の常識を理解し、正しく事業展開して来られたのは、彼らの我々に対する指導と我々の事業に対する情熱があったからだと思う。祝賀会では、Fractaの事業に長く携わり、酸いも甘いも嚙み分けて来た彼ら、彼女らにスピーチをしてもらったが、誰よりも強い達成感を感じていることが伝わる感動的なスピーチだった。私もこの感動の瞬間を一緒に過ごせていることをとても幸せに感じた。 またこの場にお誘いすることはできなかったが、Fractaにかつて所属した元社員の皆さんにも感謝を伝えたいと思う。Fractaを創業し、水インフラの老朽化を解決すべき課題と設定した加藤崇氏、彼のもとで初期のサービス開発を行ったエンジニア達など、彼らのベンチャースピリットがなければ、今日のFractaのサービスは生まれていなかっただろう。

#結び
受賞から数週間が経ち、カリフォルニアの本社でこの投稿を書いている。受賞直後から通常時を大きく超える数の問い合わせやリアクションをいただいている。Fractaがより市場に認知されたと言うことは経営者としてとても喜ばしいことだが、それよりも水インフラの老朽化と言う社会課題に目が向けられたと言うことの方が重要だ。AIを活用して水インフラの課題を解決すると言うことが、何やら怪しい得体の知れないものではなく、現実的な手触りのある技術であると言うことが伝わり始めているのだと思う。今回の受賞を機に、我々はより多くの現場の声を聞けることを期待している。我々の現行のサービスで解決できる課題は、残念ながら水インフラが抱えている課題のほんの一部でしかない。老朽化だけでなく、日本の社会が抱える人口減少に起因する水道事業体の収入減や職員・職人の不足など、日本の水インフラは非常に大きな課題を抱えている。それらを解決するためのヒントは、現場で日々奮闘されている自治体の職員の皆様や、そこに関わるパートナーの皆様が持っている。我々もこの分野のプレイヤーの一人として、皆様の声をより深く理解し、未来の世代に繋げる水インフラの構築に貢献していきたい。

今回の表彰は、Fractaが何者かも分からない状況の中でチャレンジをしていただいた皆様に対する表彰であったと言っても過言ではありません。水インフラの課題は世界共通であり、この分野におけるAI活用は今後世界中で進んでいきます。世界各地で事業展開している当社の見解では、日本が最もこの分野におけるAI活用が進んでいるといってもいいでしょう。しかし、あくまでもAIは手段でしかありません。大事なのは現場の方の課題に対する使命感とチャレンジスピリットではないでしょうか。日本の水道事業に関わる幕末の志士たちのような意思を持った方々が、失敗を恐れずにチャレンジしてくれたおかげで今日のFractaがあります。今回の表彰は我々が代理で受け取ったに過ぎない。この場を借りて、これまでFractaを支えてくださったすべての皆様へ心より感謝申し上げます。ありがとうございました!

                                                     CEO 的場雄介